未来面「日本を始めよう」経営者編第5回(2012年1月23日)

提言

海外の活力を生かす日本を始めよう

キヤノン・御手洗冨士夫会長

※肩書き等は掲載当時のものです。原稿のため、掲載時とは差異があります

 日本は過去20年間、目立った経済成長を遂げることができませんでした。「急激な少子高齢化」と「先進国で最悪の財政赤字」というふたつの大きな問題を抱え、円高も進んできたからです。日本経済の落ち込みを防ぐ唯一の手立ては明確な成長戦略を持つことであり、3~4%の成長軌道に乗せなければ、増税だけ行っても日本の再建はありません。

 成長戦略の要になるのはグローバリゼーションです。日本国内の需要が減っていく以上、日本経済は市場を海外、とりわけ成長率の高い中国、インドなどアジアに求めていかざるを得ません。国内市場を守っていれば安泰ということはあり得ません。ただ、日本を捨てて、海外に行くという意味ではありません。海外を国内市場の延長として取り込み、日本の市場を広げていくことであり、そのために一昨年来、議論が沸騰している環太平洋経済連携協定(TPP)への参加が必要なのです。アジアは世界の人口の6割、購買力平価でみて国内総生産(GDP)の3分の1以上を持つ地域です。この膨大な経済力と潜在力を日本にとって無関税で貿易できる地域にする意味がきわめて大きいことは議論する余地がありません。その意味をよく理解し、実践しているのは韓国です。韓国はアジアとの自由貿易協定(FTA)で日本に先行し、欧州連合(EU)、米国ともFTA締結で合意しました。日本は今後、海外市場で韓国の製品との競争で不利になるのは確実です。

 TPPについて、農業界の反対意見が強いことはわかっています。食料自給率の向上は重要な課題であり、農業の競争力は生産性だけで計りきれない面もあり、守らなければならない農業分野もあると思います。ただ、従来のように特定の農産物に高い関税をかけ、安価な外国製の農産物の流入を防ぐという手法は変えなければなりません。関税による保護ではなく、輸入品との価格の差額を農家に直接的な所得補償として払う方式を導入すべきなのです。そのうえで、農家の経営規模を拡大し、農産品のイノベーションを促す農工商連携を作り上げ、国際競争力を高めることが必要なのです。アジアの一部の国では果物などの日本の農産物が日本とほとんど同じ値段で店頭に並ぶようになりました。TPPを通じて、日本の農業は競争力を持った輸出産業に変えることができると思います。それも日本が海外の活力を生かす道です。

 もうひとつ日本にとって重要なのは研究開発です。海外の活力を取り込むといっても、海外市場で日本の商品が勝ち抜かなければ活力を取り込むことはできません。競争力の源泉にあるのは新商品、新事業を生み出す研究開発なのです。日本の研究開発費は対GDP比でみれば、先進国とほとんど変わりはありません。違うのは日本では7~8割を企業が投資しており、政府の比率は小さいことです。逆に米欧や中国は政府の比率が高いわけです。日本は財政赤字のため政府が研究開発の公的支出を増やせない一方、法人税は先進国で最高の水準にあるため、企業は研究開発投資と法人税の2つの重い負担を背負わされているわけです。研究開発投資にはある程度の減税がされていますが、競争力を高めていくのはなかなか難しい状況です。

 日本企業が海外市場で勝つことは実は日本国内の雇用を守ることに直結しています。やや手前みそですが、キヤノンは連結で売り上げの80%を海外市場であげており、日本国内は20%にすぎません。しかし、世界全体の社員のうち日本人の比率は40%(約7万人)近くに達しています。つまり、海外の売り上げが日本の雇用を支えているのです。海外で勝てているのは研究開発の成果そのものです。研究開発も日本が主要拠点ではありますが、米、仏、豪州などに研究開発拠点があり、そこから生み出されるものはキヤノンのグローバル競争力につながっています。

 研究開発にかかわることで見逃せないのは人材の確保です。少子化が進むなかで、日本企業は海外の人材も研究開発の戦力として生かしていかなければなりません。本格的な「移民法」をつくり、研究開発などにあたる高水準の人材を呼び込んでいくことが重要です。一般的な仕事でも、ニーズのある分野では外国人労働力の活用が必要です。日本の海外在留邦人は100万人を超えていますが、それならば日本に同数程度の外国人労働力が入ってきてもおかしくはないでしょう。

 日本の人材のレベルアップも不可欠ですが、そのためにカギを握るのは、英語力と意識の国際化です。英語は今後、ますます国際共通語になっていくでしょう。日本の小中学校に英語を母国語とする外国人教員を配置し、英語教育とともに外国人との接点を増やし、意識を変えていく必要があると思います。その先の高校、大学では留学の機会を飛躍的に増やすことが必要だと思います。最近、大学生の留学が減り、企業でも若手社員が海外駐在を嫌がるという話も聞きますが、実際、海外に行ってみれば嫌がっていたのがうそのように現地が好きになり、溶け込むケースが多くみられます。大切なのは海外に触れるチャンスをつくることなのです。

コメント

IMIさん

 世界市場を起点として、日本の成長戦略を考えるべきです。日本の産業界が世界で勝てるビジネスモデルを構築すべきです。そのためにビジネスの仕組みを変革する事を政府や産業界や各分野の知識人が一緒に考えましょう。

南米広告マンさん

 これからはひたすら世界のトップを目指すべきであり、よきライバルであるべき韓国企業・政府が実践している施策に習い、遅れを取り戻すべきです。そして100万の在日外国人労働者がいたとすれば、200万~300万の海外在留邦人がいるくらい海外志向への大転換が必要ではないでしょうか。新興国や先進国に限らずどんなマーケットであっても日本人が習うべき未知の世界があります。

Mikeさん

 米国に住んで17年になります。農業がTPPを反対していては、日本は農業も工業も共倒れになると思います。日本の農業はあまりにも生産性が低すぎます。米国の米作りを例にすると、飛行機が種を蒔き、日本の農機具の10倍はある刈り取り機で収穫していくのですから、勝てる訳がありません。品質にしても日本の安いブレンド米と比較したら、よほど、米国米のほうが美味しいと感じます。日本の農業人口も高齢化している訳ですから、企業化して農業の工業化を図らないことには、日本の将来はないと思います。

さとうやんさん

 海外に打って出てその活力を生かすことが日本国内の雇用にもつながる、というお話しでしたが、TPP参加の是非が議論されるなか、とても興味深い内容だと思います。日本では難しくなってきたので海外に進出するという考え方と別の視点もあると思います。日本には優秀な人材や優れた技術が豊富にあります。それらを活用して海外へ出ていくことで世界の国々をもっと豊かにする、そしてその見返りを得ながら再び海外へ価値を広めていく。そのように考えれば、日本企業が海外へ出ていく意義、海外で稼いでいく意義をもっと理解できるのではないでしょうか。

まつさん

 韓国や中国の製造業の成長は、日本の製造業の存在を脅かしていると思います。日本の技術者を日本の企業自らがリストラし、その技術者らが韓国や中国の製造業に雇用され、日本の技術が瞬く間に移転してしまったという面があることも忘れてはならないと思います。円高とかの環境要因だけではないと思います。

ベスト パットマンさん

 農業は大事です。しかし、震災の影響で、失業保険の支払いが増大。生活保護世帯数は戦後最多となりました。憲法が定めた最低限の生活保障の原資は税金であり、税収は雇用があってはじめて増えるのです。原状の農業で社会保障などを支えるのは限界があります。日本全体が変革を迫られるなかで、農業も当然変わらなければなりません。今後、農業関係者の主張すべきは、国内農業の競争力を強化するための政策です。

haroさん

 日本を牽引するグローバル企業が、韓国勢などにキャッチアップされ業績格差を広げられるなか、先進性で依然として存在感のある企業の会長の優れた提言です。環太平洋経済連携協定(TPP)への参加を実現するには、政治のリーダーシップが求められます。所得補償方式による農業対策や、研究開発の支援体制などもしかりです。国民は政治の質を追求する必要があります。

イッポンさん

 36年あまりのサラリーマン生活に終止符を打ち、ベトナム・ハノイでべンチャー事業を立ち上げ、3年が過ぎました。海外の地で日本経済の動きをウォツチし続けてきましたが、衰退の一途をたどる日本の動きをみると忍び難い思いです。いずれ飛び出してくる日本の若者の先駆けになれれば、と思っています。

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