未来面「日本を始めよう」経営者編第4回(2011年12月19日)

提言

「和僑」を育む日本を始めよう

三菱ケミカルHD・小林喜光社長

※肩書き等は掲載当時のものです。原稿のため、掲載時とは差異があります

 国内産業を取り巻く環境は非常に厳しいと言わざるを得ません。中長期的には人口減少が進み、本格的な少子高齢化を迎えます。生産年齢人口(15歳以上65歳未満)は2010年に約8000万人だったものが5000万人弱になると予想されており、経済成長率の低下に影響を及ぼすでしょう。

 足元でもいわゆる為替問題をはじめとする七重苦問題(一般的には六重苦といわれますが、私は原料問題を加えて七重苦と呼んでいます)により、特に製造業が苦戦を強いられています。ここ数年のわが国の経常収支をみても貿易収支は減少傾向にあり、貿易立国の時代は終わりを告げようとしています。

 ようやく政府も環太平洋経済連携協定(TPP)交渉の参加や、法人税減税などに動き出してはいますが、実行には数年かかることが予想されます。困難に直面している企業としては、悠長に環境が整うのを待っていることはできません。成長するアジア各国は、優遇税制やインフラの整備を着々と整えています。日本企業にとって、海外、特に成長するアジアで収益をあげることが生命線になってきています。

 企業が国を選ぶ時代になったとはいえ、このまま日本の産業空洞化を放置してよいわけではありません。海外で稼いだお金をしっかり日本に還流するシステムを構築し、イノベーションと差異化により、日本だからできる新しい産業を創出しなければなりません。いわば雇用を創出する“攻めの空洞化対策”です。

 日本への利益還流については、09年に導入された外国子会社からの配当金を原則非課税にする制度により、国内に還流した配当金は08年の2.4兆円から、10年は3.1兆円と約3割増えました。法人税減税も企業の競争力という観点から大事ですが、海外での稼ぎをより効率的に国内に還流する仕組みを強固にすることも重要なポイントではないでしょうか。

 還流したお金を使って、国内において次に創出すべき新産業はいくつかあります。例えば新エネルギーの開発やそれに伴う素材の開発、少子・高齢化にともなうヘルスケアソリューションなどです。

 これらを実現するには地球儀レベルで物事をみることができ、活躍できる人材が一層必要となってくるでしょう。世界の他の民族は昔から海外に出て国際感覚を身につけてきたように思えます。それぞれ歴史の違いがあるとはいえ、イスラエルなどは民族の60%が国外で暮らしています。日本の1%と比べると大きな差があります。インドは国外労働者からの送金が貿易収支の赤字補填に大きく貢献しています。成長著しいアジアを中心にグローバルな戦いが避けられない日本にとって、海外で稼ぐ人材、すなわち“和僑”の育成が急務だと考えます。

 和僑はまず、コンセプトクリエーターであることが必要です。能力や技術をもとに職を渡り歩く「ジョブホッピング」が盛んに行われている海外では、会社のキーワード、コンセプトは何なのか、要するに何のためにここに集まって何をクリエートしようとしているのかを明確に戦略として示さなくてはならないからです。

 日本の経営は終身雇用だから「旗(コンセプト)」はいらないと考える傾向があり、世間に名の知れた社名に満足してしまっている気がします。私は07年の社長就任時にグループ社員に対して、「環境・資源」「健康」「快適」を企業活動の判断基準とし、そこから生み出される価値を「KAITEKI」とするというコンセプトを掲げ、進むべき方向を明確にすることから始めました。

 和僑でもう一つ大事なのは、プロジェクトエンジニアリングスペシャリストの素養です。グローバルで複雑な社会の中で事業を勝ち抜いていくためには、技術、人事、営業、法務などの専門家の集団、それもいろいろな民族の人たちを取りまとめていく能力が必要です。これは、座学だけでは身につきません。やはり若いときから海外に出て、どれだけプロジェクトに参加したかが鍵になってきます。

 今後、世界で人、モノ、金が国境を越えてより一層自由に飛びまわり、技術の高度化、複合化により化学産業、鉄鋼業、自動車産業などの業種の呼び方も意味がなくなってくるでしょう。そんな「NO BOUNDARYな(境界なき)」時代に、既成の概念にとらわれず、地球儀でものを考える真の国際人が求められると思います。

 コンセプトクリエーターやプロジェクトエンジニアリングスペシャリストは、きちんと哲学をもっていないと駄目です。教育、文化、宗教も含めて歴史を知り、日本人であることの重みや日本とは何かを定義できる素養が必要になってきます。では、今の日本にいて果たしてそういう素養が身につくのでしょうか? やはり、海外に出ていろんな民族や文化に触れてこそ、日本の良さや悪いところが分かってくるのではないでしょうか。私は学生時代の留学や海外ビジネスの経験を通じて、日本文化のしなやかさや誠実さなどを再認識しました。

 若い人にはぜひ海外に出て経験を積んでほしいし、官民協力してそれを後押しする施策を実行しなければなりません。国全体で将来の志ある「和僑」を育んでいきたいものです。

コメント

和橋会 高橋正浩さん

 小林喜光社長の考え方に大賛成です。
私は「和橋」という生き方がどのようにしたら浸透するかについて少し提案をさせて頂きたいと思います。
1.お互いに助け合い、心の支えとなる仲間が集まる環境を海外の各地に作る。
2.経営者としての資質やスキルを高められる支援体制を築く。
3.地元の日系団体、非日系の団体との連携を密にする。
4.成功者、スター選手を生み出す。  
 私は和橋の一人として、将来、和橋という考え方が当たり前となり、海外で稼ぎ、日本が活性化する良い循環が出来るよう、海外から日本を応援し続けていきたいと思います。

きょんさん

 私の母校熊本高校の同級生が三菱ケミカルのマネージャーをしていて、社長の小林氏の発言内容と同じ考えを語っていました。さらに息子さんの大学進学について、アメリカの工科大学かハーバード大学を視野に入れているとのことでした。まさしく「和僑」を考えてのことだったのだと再認識できました。私の教え子にも最近大学在学中にアメリカに留学した女性が2人います。これからは地球規模で動ける人でなければ日本は沈没してしまうと思います。我が子や甥にも勧めたいと考えます。

さとうやんさん

 本当の国際人とは、小林社長がおっしゃるとおり、自国の文化・歴史、また自国がどんな国であるのかをきちんと分かっていて、だからこそ、外国の文化や歴史、他国民が持つ愛国心に理解を示せる人だと思います。そういう人、つまり「和僑」を増やさなければならない、というのはまさにそのとおりであり、日本がもっと海外へ出ていくために無くてはならない要素だと思います。空洞化に怯えるのではなく、積極的に海外へ打って出てその果実をしっかりと得る、その過程で日本をもっと豊かにする、これが日本の企業が果たすべき役割だと思います。私自身、まずは「国際人」になるための素養だけは身に付けておきたいと思います。

recaldentさん

 御提案には大賛成です。しかし日本人に急に和僑になれと言っても、そのバックグラウンドはイスラエル人や台湾人とは違いすぎて無理があります。国を追われ、国家すらいつ消滅するかわからない歴史があったからこそ彼らはやむにやまれず渡った先で定着し、かつ緊密な人脈を作ってきたのです。(私の義理の息子は台湾系の米国人ですが台湾を20年前に出て今、NYで会社を経営しています。)今日本は政策が停滞し、国に頼るのは危険ですらあります。まずは個々人の自立が大切です。その為には小学生の頃からディベートやプレゼンスキルを磨いて人前で臆せず訓練を積むことから始めるべきだと思います。

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