未来面「日本を始めよう」経営者編第9回(2012年5月21日)

提言

リーダーを輩出する日本を始めよう

ナガセ・永瀬昭幸社長

※肩書き等は掲載当時のものです。原稿のため、掲載時とは差異があります

 日本の政治や経済の停滞をみていると国の命運はリーダーが握っていることがつくづくわかる。ではリーダーはどうやったらできあがるのか? 持って生まれた資質のように考える人が少なくないが、私はリーダーは育てるものだと確信している。

 日本にはかつて多数の優れたリーダーがいた。幕末から明治維新にかけては、坂本龍馬、勝海舟、西郷隆盛、大久保利通をはじめ、立場は違っても国をけん引する力と信念を持ったリーダーが次々に現れた。日本が欧米列強の植民地にされず、維新から半世紀もたたないうちに世界に存在感を持つ国になったのは、すぐれたリーダーの存在抜きには考えられないだろう。

 リーダーは単に知力に優れているだけではない。知力を見識に高め、それを多くの人のために使う利他の心と、一度腹を決めたら曲げない心、初志を貫徹するための体力という「心知体」の3つを併せ持つ人のことだ。かつて、そうしたリーダーは各地の藩校や私塾、道場あるいは親族の年長者、先輩、同輩などの周囲の人間関係のなかで、厳しい訓練などを経て鍛えられ、育てられた。数百年に1回という時代の大きな転換期であったがゆえに、志ある人々が、国を背負い歴史をつくる後進の育成に平時以上に力を注いだためといって間違いない。リーダーの輩出は決して偶然の結果ではない。

 それにひきかえ、戦後の日本はリーダーの育成を明らかに怠った。リーダーを「特権を与えられたエリート」と誤解し、できるだけリーダーをつくらない「悪平等主義」が公教育の現場や社会全体に広がったからだ。悪平等を民主主義と勘違いする空気も社会にあった。個人の鍛錬や努力の成果、人を率いようという意欲や胆力を評価せず、結果の平等だけを追い求める意見や教育が日本からリーダーを絶滅させたのではないか。

 リーダーに欠かせない条件はリーダーシップだ。それは多くの人を引っ張っていく力と、その覚悟を言う。リーダーシップを養うのに最も有効な方法は、実際にリーダーをやってみることだ。ナガセの予備校の東進には担任助手という制度がある。ここで学び合格した大学1年生が、20人程度の後輩の面倒をみる。はじめはたどたどしいが、夏あたりから後輩たちをぐいぐい引っ張るようになる。こうしてリーダーシップというかけがえのない力を身につけてもらう担任助手の制度は、予備校の最終学年と位置付けられ、東進教育の集大成ともいえる。

 日本でも今からリーダーを育てる教育や仕組みは復活できる。そのためにはリーダーとして必要な要素の再確認が必要だろう。重要な要素の1つが「カリスマ性」だ。カリスマ性は人を畏怖させる力と誤解されることも少なくないが、その本質は根が明るく、人が親しみを持ち、好きになるような気質だろう。生死の境にあってもジョークなどで場の空気を変えられる人だ。日露戦争の満州軍総司令官、大山巌元帥は旅順攻略で多くの戦死者を出し、大苦戦していた際に、前線を回っては軽妙な言葉を発し、萎縮した兵士を活気づけていたという。

 カリスマ性が人々を魅了し引っ張る力とすれば「コミュニケーション能力」は人を説得し、自分の意図するように動かせる力だ。もちろん学識が備わっていなければ人は説得できない。その点でコミュニケーション能力は教育で高められる。卓越した「知識・見識」も重要だ。知識というと今の日本人は詰め込み教育を連想するが、それは違う。まず学ぶべきは歴史である。人類や民族、国家が何をしてきたかを知ることが人を率いるリーダーに不可欠だ。学校ではわずか300ページの教科書で世界史、日本史を教えるが、それでは歴史を学んだことにならない。若いときこそ本格的な歴史書を読んでほしい。

 そもそもリーダーの育成に限らず、子供にはまず読書が大事だ。小学校入学前に母親が子供に本を読み聞かせ、母子の濃密な時間を持つようになれば、子供は親の愛情を感じ、それに応えようと努力する。私は仕事で多くの受験生を見てきたが、ひとつ断言できるのは「幼い時にたくさんの本を読んだ子供は、間違いなく学力が伸びる」ということ。映像やマンガよりも、活字は子供の想像力をはぐくむ。

 学んだ知識の量と志の高さは比例する。ナガセグループの四谷大塚は「全国統一小学生テスト」の成績優秀者を米東部の名門大学(アイビーリーグ)に視察団として送り出している。参加した子供たちは「医者になって国境なき医師団をつくる」「司法試験に受かって弱い人の味方になる」といった夢を語ってくれる。こんな夢を持たせることがリーダーを生む最善の教育法と確信する。そして、子供が生きがいとなる仕事を見つけ夢を達成するためには、産業界の協力も必要だ。採算を度外視した教育界との人材交流など、できることはたくさんある。

 結果が欲しければ、その原因をつくらなければならない。すばらしいリーダーを輩出し、日本を再生させるにはリーダーを育てる仕組みをつくらなければならない。その責任は、社会全体にあるといえるだろう。

コメント

IMIさん

 基本的に賛同しますが、私は別の見方をしております。2つの流れがあると思っております。一つは従来のカリスマ的なリーダー、他は、所謂”個/個人”の集合体が世の中や世情を引っ張って行く流れ。インターネットが世界中に張り廻られており、誰でもが活用出来る時代です。同じ考えの個人がグローバルにグループをいつでも誰とでも形成出来、その流れや行動は大きな力となり、政治・経済・文化等様々な分野を引っ張って行ける時代が今後も続くと考えます。後者はリスクもあります。日本では一番に為すべき事は教育と思います。幼少の時からしっかりした人材育成の出来る仕組の中で新世代の後継者を育てれば前記リスクは低減出来ると信じます。

recaldentさん

 これまでの日本のリーダに求められる資質は空気を読んであちらこちらを立てることが要求され、所謂おみこしの乗り方が問われていたように思う。しかし今のリーダーには多少の不協和音はあっても自分の信念をある程度強引に貫ける灰汁の強さが欠かせない。それには自身が多くの意見を異にする人々を説得できる戦略、論理展開、表現力を持たなければならない。その為には既に初等教育段階で他人を説得しディベートに勝つ訓練を積む事が必要だと思う。

さとうやんさん

 「リーダーは育てるものだ」という永瀬社長のお話しはまさしくその通りだと思います。突出したリーダーがいないことが平等だというような誤った認識が蔓延している気がします。また、お話しのように志を持った人や素質を備えた人をリーダーに育て上げる一方、リーダーのもと自分の持ち場で力を発揮できる人をつくるのも大事なことだと思います。これは、平等、不平等の問題ではなく、社会における役割の問題だと思います。それには、広い意味での教育がやはり重要なのだと考えます。

オージー畑さん

 殆どのご意見に賛成です。違和感を覚えたのが2点だけ。1、成長期前の優性教育 人生を通じて培われる経験は座学では見につかないと思いますが、塾の先生、いかがでしょうか。2、漫画、映画など映像ツールは教育に有効な面もあると思います。過度の映像依存は想像力に良くない影響を及ぼすかもしれません。適度に教育に取り入れる(子供に理解した事柄を描かせてみる)ことが多様な才能を埋もれさせない事にもつながると思います。

Dr.WAGIさん

 興味深く拝見させていただきました。世界に通用するリーダーを輩出することが、私も同様に重要と考えます。リーダーシップを発揮でき、周囲をけん引できる人材に私もなりたいと感じました。

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