未来面「異質な組み合わせで新たな価値を生むアイデアは」経営者編第10回(2013年8月5日)

課題

異質な組み合わせで新たな価値を生むアイデアは

伊藤雅俊・味の素社長

※肩書き等は掲載当時のものです。原稿のため、掲載時とは差異があります

〈伊藤雅俊さんの主張〉

● 広く興味を持ち、専門だけにとどまらない姿勢でモノの見方を広げよう

● 諦めない強い思いが異分野の組み合わせや「偶然の幸福」を引き寄せる

● 常識にとらわれず、生活の質を高める新たな「組み合わせ」を考えてほしい

 「食」と聞いて、読者の皆さんはどんなことを、いくつ思い浮かべるでしょうか。ちょっと試してみてください。

 いかがでしょうか。

 味、生きるための栄養、いのち、会話、教養、愛情、サイエンス……。「食」1つとってもいろいろ思い起こすはずですね。私は日ごろからあることについて、どれだけ多く連想できるかを意識して経営にあたっています。モノの見方を広げるのです。また、その1つに注目し「なんなのだろう」と解きほぐしてさらに広げるのです。

■モノの見方広げよう

 では、どうすればモノの見方を広げられるでしょうか。いろいろなものに興味を持つのも必要ですし、考え出そうとする強い思いも大切です。また、決して自分の専門だけにとどまらないようにすべきでしょう。今まで関係のないものとして視界の外にあったことが、意外な親和性をもつ場合もあります。

 アミノ酸、核酸を軸に食品や医薬品などを事業領域に持つ味の素と頑強なコンクリート。どんな結びつきがあるかご存じでしょうか。セメントにアミノ酸の一種、アルギニンを混ぜて作ったコンクリートの塊を海に入れると、コンクリートに藻が付きやすくなり、そこに貝や魚がやってきて次第に魚礁となるのです。今では消波ブロックなどを手掛ける日建工学の「環境活性コンクリート」という製品名で事業化されています。

 味の素の女性研究者がアミノ酸の活用について考えていたときに、建築系の論文でアミノ酸とコンクリートの関係をたまたま見つけたのがきっかけでした。彼女は食に関連した文献を読みあさっていたのですが、全く門外漢の住建築の分野に「出て行く」ことでこの組み合わせに出合えたのです。論文で発表されていたわけですから多くの関係者の目に触れていたはずです。でも事業化しようと考える人がいなかったのでしょう。

 アミノ酸を含んだ魚礁を作るパートナー探しも大変でした。100社を超える建設会社に連絡して実証研究を持ちかけましたが、門前払いの日々でした。ようやく関心を持ってくださった日建工学と出合い、動き出すことができました。「未知の世界に挑戦したい」という彼女の志と諦めない強い思いが異分野の組み合わせを実現させたのです。

 ただ、この事業は何も彼女一人でできたわけではありません。上司を含め多くの社内外の関係者を巻き込みながら進めていくことで、多くの壁を乗り越えられたのはいうまでもありません。

 味の素が手掛ける事業の半分は外部の力を借りて成り立っています。アミノ酸、核酸は生命を作り上げるものです。あまりに奥が深く、可能性が大きな分野ですから、自分たちだけで完結しようなどとは思ってもいません。外部と組んで実現できることはたくさんあります。

 乳幼児の栄養不足に悩む西アフリカのガーナでは、国連や地元の大学、NPO、オランダの企業などと組み、発酵トウモロコシを用いた同国の伝統的離乳食に添加する必須アミノ酸を加えた栄養サプリメント「KOKO Plus」を開発し、現地の女性に販売をお願いしています。

■創業まで遡る伝統

 いろいろなところと組む味の素のDNAは、創業までさかのぼるとわかっていただけるはずです。創業者の鈴木三郎助が神奈川県の葉山の海岸に打ち上げられた海藻(かじめ)から医薬品や殺菌剤の原料となるヨードを抽出して製造・販売していました。今から約100年前のことです。同じ頃に東京帝国大学(当時)の化学者の池田菊苗教授が昆布のうま味成分を見つけたのです。この研究も専門外の分野でした。研究成果をたまたま耳にした鈴木が池田教授を説き伏せて2人が手を組み、事業化に乗り出したのでした。鈴木の執念が引き寄せたセレンディピティ(偶然の幸福)です。

 私たちの身の回りには、意外な組み合わせで新たな価値を生み出すものがあります。例えば回転ずし、コンビニ銀行です。おすし屋さんと工場などで運搬物を載せるベルトコンベヤーが組み合わさって回転ずしが生まれ、コンビニ銀行はコンビニエンスストアと銀行が融合したものです。回転ずしは、すしの大衆化、コンビニ銀行は格段の利便性をもたらしました。

 そこで学生の皆さんにお願いがあります。私たちの生活の質を高めるための「組み合わせ」はどのようなものが考えられるでしょうか。技術×技術でしょうか。サービス×技術でしょうか。サービスの掛け合わせかもしれません。

 味の素だからといって食にまつわる必要はありません。それこそ常識にとらわれず、考えてみてください。

アイデア

健康診断トイレ

宮川 賢一(奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科修士課程2年、24歳)

 昨年、家族が腎臓の重い病気を患った。血尿が出たので病院に行ったところ、早期の発見だったので手術で治すことができた。もし血尿が出ていなかったらと思うとゾッとする。血尿というサインを出さなくても、トイレで日常的に排出する尿や大便を通じて体調をチェックできるのではないか。

 病院の検査や健康診断では、尿で腎臓や肝臓病、糖尿病、泌尿器科系の病気、便では細菌や寄生虫、ある種のがんなどの可能性を確かめられる。尿中の糖量やタンパク質の有無を手軽に調べられる検査薬も家庭向けに販売されている。これらの優れた検査技術と一般家庭のトイレを融合することで、だれでも毎日『健康診断トイレ』で自分の健康状態を管理できるのではないか。

釣り具 溶けて魚の栄養に

間瀬戸 安菜(中京大学総合政策学部3年、20歳)

 魚を釣るための釣り具が魚や鳥などの野生動物を傷つける問題が生じている。そういった釣り具は海を汚すゴミにもなる。そこで釣り糸やフックといった釣り具を動物や環境に優しいものにしようと考えた。

 時間がたつと水に溶けるような新しい釣り具を開発し、その釣り具にアミノ酸や核酸を含ませる。魚や鳥が釣り具で苦しむのを解消できるだけでなく、アミノ酸や核酸で動物たちに栄養を与えることができる。釣り具とアミノ酸・核酸の組み合わせによって、野生動物を守り、環境保全につなげるという2つの価値を生み出せるはずだ。

趣味を学べる老人ホーム

和田 拓也(中央大学商学部3年、21歳)

 日本の多くの市場は成熟化し、違いの鮮明な新製品、サービスを作り出すのが困難になってきている。このような状況では、既存のモノやサービスにはない画期的な発明よりも、既存のモノやサービスの組み合わせで新たな価値を生み出し、差別化された新製品・サービスにつなげる必要がある。

 私が考えるのは、老人ホームと手芸や絵画といった趣味に関する教室・学校の組み合わせだ。最近はゲームセンターなど遊びや趣味の場に通う高齢者も増えてきた。老人ホームには入居したくないという人も多いだろう。老人ホームというネーミングも改めて介護施設のイメージを払拭し、高齢者の「成長の場」に変えるのだ。高齢化の進む日本で、これまでの老人ホームにはなかった新たな価値を生み出せるのではないだろうか。

本に日焼け止め

那須 恒亮(金沢工業大学経営情報学科2年、20歳)

 私がよく利用する古書店に、タイトルも内容も同じ本が2冊並んでいた。驚くことに、2冊の価格には500円以上の差があった。店員に理由をたずねたところ、価格の差は「黄ばみ」が原因らしい。安価な方は本のふちの黄ばみが目立っていた。黄ばみは品質の劣化として扱われる。本の価値が下がってしまうのだ。

 そこで「本」と「日焼け止め」の組み合わせを提案したい。本を変色させるのは紫外線だ。人が海で日焼け止めを塗るように、本にもあらかじめ日焼け止めを塗っておき、紫外線を反射させれば劣化を防げるだろう。本の品質をより長く維持できるようになり、新たな価値の創出につながるのではないか。

コンビニにミニステージ

高林 宏樹(東京工科大学応用生物学部3年、20歳)

 人と人とのつながりが希薄になる「無縁社会」が問題視されている。近所の人の顔や名前がわからなければ、地震などの災害時に伝わるはずの情報も伝わらなくなってしまう。今こそ必要なのは地域社会の再構築だ。駅から少し離れたコンビニエンスストアの駐車場にミニステージを設置してはどうだろうか。

 ステージは移動可能にして、駐車場が混雑してきたら動かすようにすれば邪魔にならない。アマチュア音楽家の演奏、市民楽団のコンサート、児童館のイベントなど使い方は様々だ。目的は音楽を通して地域のつながりを強くすること。音楽があふれ、自然にあいさつが飛び交うような街づくりにつなげたい。

家電店に仮眠室

寺本 美沙(東洋大学社会学部3年、21歳)

 外出先で手軽に仮眠できる場所がもっとあればいいと思う。一例として、家電量販店に仮眠室を設置したらどうだろうか。暑い日にエアコンをつけたまま寝る人は多いと思うが、エアコンの出す音がどれだけ耳障りなのかは実際に購入して使ってみなければわからない。

 静かな夜、寝ているときだからこそ気になる音がある。周囲に雑音が多い店頭で商品を作動させても、違いを感じるのは難しい。そこで店内に仮眠室をいくつかつくり、様々なメーカーのエアコンを設置するのだ。顧客に実際に休んでもらい、エアコンの音や使用感を確かめてもらう。特に暑い日なら快適さを感じてその場で購入を決める人もいるかもしれない。

予備校が学生のための「食事」提供

一玖 遥(近畿大学文芸学部4年、21歳)

 予備校による飲食店経営、または弁当販売を提案する。私が大学受験生時代に通っていた予備校では、学生は空き時間に買ってきた弁当やおにぎりを食べていた。しかし毎日そればかりでは栄養の偏りが否めない。予備校の講義が終わった後、家で食事をすると時間も遅くなり「孤食」も進む。そこで予備校・学習塾と飲食店を組み合わせ、学生に弁当などの食事を提供することで、栄養やカロリーを調整し、アレルギーへの対処や学生の体調管理ができるようにする。

 予備校で友人と食事をすれば「孤食」も防げる。弁当の折りや箸袋を工夫して「疲労に効くツボ」などのコラムを載せれば、勉強の合間に気分転換も図れる。若い学生が相手なので「大盛り」や「ヘルシー」などさまざまな種類を用意し、自由に選べるようにしておけば飽きもこないだろう。

 この品ぞろえの多様さやユニークさを生かし、飲食店(定食店)や弁当販売店を開くことも考えられる。近くの会社の社員らをターゲットとして、週の初めに申し込んでおくと1週間を通して栄養を考えた「安定した食事」を取れるようにする。地域社会のニーズを取り込めるだけでなく、健康づくりにも貢献できそうだ。

自動販売機×スーパー

鈴木 志穂(中京大学総合政策学部3年、20歳)

 スーパーでよく目にするレジ待ちの長蛇の列を解消するため、スーパーの「自動販売機化」を提案したい。そもそも私たち消費者は、スーパーで商品を選んで買い物カゴに入れるときに一手間、レジを通って支払いをするのにもう一手間、買った商品を買い物袋に移すのにさらにもう一手間かけている。そこでスーパーと自動販売機を組み合わせることで、この3つの手間を1つに減らす。

 例えば、売り場の陳列棚にお金を入れて、欲しい商品を選び、その場で買い物袋に入れれば、取引が成立するようにする。長い列に並ぶことなく、スムーズに買い物をすることができ、顧客の満足度が上がるだけでなく、店舗の運営効率も改善すると思う。

ケーキ店と生花店が一つだったら

三重堀 友美乃(中央大学商学部1年、19歳)

 私のアイデアは、ケーキ屋と花屋の組み合わせである。なぜケーキ屋と花屋の組み合わせかというと、どちらもほとんどは誰かをお祝いするときに利用するため、目的が同じような場合が多いからである。

 例えば友達や家族の誕生日にお祝いしようとしてケーキを買うためにケーキ屋に行ったときに、一緒に花も置いてある。また、本物の花のような食べられる花がケーキ一面にのっていて、ケーキと花が一体化したようなケーキがあったら、ケーキと花を一つでプレゼントすることが出来る。

 ケーキと花は異質なものである。しかし、買う目的が同じようなものを組み合わせることで、とても便利になる。またそのような二つのものが組み合わさることで、一つで二つのものが楽しめたり味わえたりする。

講  評

「世の中を良くしたい」強い思いを

 学生の皆さんから寄せられた異なるモノの組み合わせが生む新しい世界。健康、教育、環境、シニアライフなど関心の幅が思った以上に広く、世の中を多方面でより良く変えていきたいと思う気持ちが伝わってきました。本当にありがとうございます。

 最初に目に留まったアイデアは「トイレと健康」を結びつけたものです。「健康診断トイレ」は投稿者の強い経験に基づいたアイデアです。トイレでたまたま見つけた、からだの異常。家族が命拾いをした強い経験です。もし、その逆だったらどうなっていたでしょうか。毎日、使っているトイレで用を足すだけで、健康状態がわかればこんなすばらしことはありませんね。病院での健康診断の手間も省けるかもしれません。

 トイレではなく健康ケアボックスになります。すでにこうしたアイデアを実現しようとする試みがあると聞いています。色々な課題があると思いますが、強い気持ちの先に夢の実現があります。

 「釣りとアミノ酸」。海や川に残していった針や糸の釣り具が周辺の環境を悪化させることがあります。でも、こうした釣り具が時間をかけて自然に戻るのであれば釣り人のマナーの問題も少しは解決に向かいます。もし、釣り具にアミノ酸を混ぜておくことができれば、コンクリートとアミノ酸を混ぜた魚礁のような役割も果たしてくれるでしょう。環境の維持にもつながり味の素としてもこのアイデアのお手伝いができそうです。

 今回、頂いたアイデアは2つを融合するものでしたが、3つ以上を組み合わせるともっと世の中に役立つ未来の商品、サービスが生まれるかもしれません。

 若い皆さんにお願いしたいのは、「世の中を今まで以上により良くしたい。こうあってほしい」という強い思いを持ち続けることです。関心の領域が広がり、情報への感度も高まります。セレンディピティー(偶然の幸福)との出合いも増えるはずです。「そんなの実現不可能だよ」と最初に言われていたのに、困難を乗り越えて世の中で不可欠な存在になっているものは多くあります。虚心坦懐(たんかい)で物事を見る力を養ってください。

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