未来面「サイエンスは21世紀に何を目指すべきか」経営者編第15回(2014年1月6日)

課題

サイエンスは21世紀に何を目指すべきか

小林喜光・三菱ケミカルHD社長

※肩書き等は掲載当時のものです。原稿のため、掲載時とは差異があります

〈小林喜光さんの主張〉

●実質的なものを時間をかけて追求するサイエンス尊重の気風が薄れた。

●日本人の「サイエンス・リテラシー」を高めることが重要。

●できない理由を探すのでなく、どうすればできるかに挑戦するのがサイエンス。

 私が会社に入った40年前、サイエンスの存在感はとても大きく、人類の夢をかなえて、会社を大きくする原動力のように感じました。残念ながら、いまの世界をみていると、重さのないもの、すなわち金融サービスがけた違いに大きなお金を簡単に生み出し、実質的なものを時間をかけて追究するサイエンス尊重の気風が社会に薄れてしまったように思います。

■革新で本物の成長を

 日本経済はとりあえず、金融緩和や財政支出の拡大で再び成長軌道に戻りましたが、いつまでも続くとは思えません。次に必要なのは、2、3年で効果を上げるのみではなく、20~30年かけて成果が出る本物の成長を目指すことでしょう。それはイノベーションであり、サイエンスの力です。日本経済はモノづくりに強く、テクノロジー信仰があります。サイエンスはそれ以上に社会を変え、経済を成長させるのです。

 いまもビッグデータなど新しい息吹が生まれています。ただ、半導体や磁気テープ、液晶パネルが生まれた時のインパクトや熱気はないように思います。大きな発明が出てこない限り、重箱の隅をつついていても、いいネタは残っていません。iPS細胞やロボティクス、自動車の新技術など、いい芽はたくさんあります。それを育てることに本腰を入れるときでしょう。

 サイエンスはなぜ衰退してしまったのでしょうか。若者の好奇心の低下に原因があるように思います。若いころは「生命とは何か」「人は何のために生きるのか」といった根幹的な問題への好奇心、原理原則から考える哲学的な思考が不可欠です。それが若者をサイエンスに導くのです。私が大学生のころ、ジェームス・ワトソンとフランシス・クリックが遺伝子の二重らせん構造を突き止め、分子生物学が最大の話題でした。生命がアメーバ状のものから誕生し、人類まで進化するプロセスを担った遺伝と突然変異の源が、単純な二重らせんの物質だったことに私は衝撃を受けました。そうしたわくわくする発見が大切なのです。

 いまの若者は本物に接する機会があまりないのではないでしょうか。インターネットを使えば多くの知識に触れられ、ネット上で様々な疑似体験ができます。ですがバーチャルなものとリアルなものは異なります。さらにサイエンスを何かの道具のように考える発想もサイエンスを矮小(わいしょう)化してしまいました。子供たちが本物の泥をいじり、動物に触り、星を眺め、そこにある不思議さに感銘を受ける体験こそ、サイエンスに目を開かせるのではないでしょうか。まずは自然に親しむことを取り戻してもらいたいと思います。

 最近、政府は国民の「金融リテラシー」を高めて投資を活性化させたり、「健康リテラシー」の向上で医療費を削減したりする取り組みを進めています。それらも重要ですが、「サイエンス・リテラシー」の向上も強力に進めてほしいですね。自然災害の巨大化、一部の国での汚染の深刻化をみていると地球が悲鳴をあげているようにも感じます。二酸化炭素の排出削減などを真剣に進めるには国民の「サイエンス・リテラシー」を高めるのがとても重要だと思います。

 20世紀には量子力学、DNAなど様々な発見がありました。21世紀初頭の最大の発見はシェールガスでしょう。シェールガスは化石燃料の寿命を一気に200~300年延ばしました。シェールガス開発でブレークスルーを果たした米国では産業が活性化しており、石油化学の新規プラント建設が次々と計画されています。イノベーションが経済の光景を一変させたのです。

 日本は資源小国のようにいわれますが、領海と排他的経済水域を合計した海域面積は世界で6番目に大きく、そこに資源が眠っています。昨年、ガスの試験生産が始まったメタンハイドレートは日本にとってシェールガスのような経済的なインパクトを与えるかもしれません。そうした分野にこそ人材や資金を集中投入し、成果を早く出すべきでしょう。

■素材を通じて社会貢献

 エネルギー問題でいえば、人工光合成の実用化が人類にとって大きな意味を持つと思います。この分野で日本は昔から研究開発に取り組み、世界の先端を走っています。二酸化炭素の水素による還元も重要なテーマでしょう。水素は燃料電池などのエネルギー源にもなります。技術的にはまだ困難があると思いますが、サイエンスは「できない理由を探す」のではなく、どうすればできるかにチャレンジすることです。そして人を突き動かすのが夢なのです。

 三菱ケミカルホールディングスも「素材を通じて社会に貢献する」のを目指し、研究者を触発するような環境をつくってきました。有機太陽電池、リチウムイオン電池、中空糸膜、有機EL、発光ダイオード(LED)などで様々な実績を出しています。世界のイノベーションの一端を担う会社でありたいと思っています。

 さて、若い人たちには「サイエンスは21世紀に何を目指すべきか」を尋ねてみたいと思います。若々しい、新鮮な意見を待っています。

アイデア

高齢化に立ち向かう

小四郎丸 拓馬(北海道大学大学院理学院修士2年、23歳)

 日本の科学技術は、日本が抱える困難を乗り越える形で進歩してきた。例えば、世界有数の地震大国だからこそ建築技術が進歩したし、国内で石油を獲得できないからこそ省エネ技術が発達した。これからの日本が抱える一番の問題はなんだろう。それは、超高齢社会の到来ではないか。21世紀のサイエンスはこの問題に立ち向かわなければならない。

 iPS細胞などを用いた再生医療で技術革新を進めれば、国が負担する医療費を軽減できるかもしれない。肉体的な年齢を若いまま長く保つことができれば、高齢化による生産人口の減少にも歯止めをかけられる。工業の分野でも高齢者をもっと意識すべきだ。例えば建設現場でも、ロボット技術を用いたパワースーツの開発や重機の操作性向上が進めば、高齢になっても長く働けるようになる。高齢化先進国の日本だからこそ生み出せるものは少なくない。

「当たり前」インフラ

鈴木 るみ(東京工業大学大学院総合理工学研究科1年、26歳)

 サイエンスは私たちが日ごろ当たり前だと思っている環境の不安定さを解き、それが維持されるような研究をすべきである。例えば、空気。今後、きれいな空気は当たり前でなくなる可能性がある。近代化する国は増え、汚染の速度は増大する。人間の活動に伴い汚染物質は静かに地球に蓄積していく。全世界の人間が大気汚染による健康被害に悩まされる未来はそう遠くないかもしれない。汚染物質を出さない研究などやるべきことは多い。

 昨今は理科離れが懸念され、サイエンスを楽しむことが強調されている。それも大事なことだが、必要に迫られることも同様に大切だ。好奇心の回復によってサイエンスを衰退から救おうとするのではなく、必要性を感じることでかつての勢いを取り戻す視点を強調したい。老若男女問わず「当たり前インフラ」がなければ、私たちの存在は保障されないのだから。

地方発「47計画」

片岡 大輔(吉備国際大学大学院社会学研究科2年、24歳)

 21世紀のサイエンスは地方から全国へと発展するべきである。大学や研究機関の限られたサイエンスだけでなく、一般の人が研究しているサイエンスを自治体が奨励し、他の自治体としのぎを削りながら全国規模のサイエンスに育て上げるのだ。47都道府県で生まれた特色あるサイエンスを全国に発信する試み、名づけて「サイエンス47」計画を提案したい。地方で地方の人が特色あるサイエンスを興し、それに多くの地元の人が関わることで、愛着を深めながら育て上げていく。自分たちが研究するサイエンスを披露する発表会を各地域で開き、年末には予選を勝ち抜いた猛者による全国大会を開催する。発表者が互いの研究内容を知ることで競争心が生まれ、より良いサイエンスに成長させることができる。

科学の授業はすべて実験

新井 直樹(早稲田大学社会科学部3年、22歳)

 私は科学が中学のころに苦手になった。なぜそうなったのかを考えてみると、暗記重視の科目だというイメージを持つようになったからだ。中学の授業では実験よりも教科書を読んで学習させる。だが、今でも私の記憶に残っているのは実験の授業である。例えば、自分の頬から細胞をかきとって顕微鏡で見たり、台車を使って加速運動と等速運動の違いを確かめたり、リトマス試験紙を使って液体が何かを調べたりしたのを鮮明に覚えている。

 学校の科学の授業をすべて実験にしたらどうだろうか。実験のテーマはクラスで自由に決めればいい。自分のやりたい実験を毎回行うことで、チャレンジ精神も養われる。教科書を読むだけで想像するのではなく、リアルな体験を増やすのが大事だと思う。

どこでも農業

高木 惇子(桜美林大学大学院大学アドミニストレーション研究科修士1年、23歳)

 私たちは食べ物に不自由しない時代に生きている。生きるために食べるのではなく、楽しむために食べるといった人も多い。しかし、それはいつまで続くだろうかと考える。日本の食料自給率はカロリーベースで39%、生産額ベースで68%という。加えて地球上では人口が爆発的に増えている。この状態が続けば、やがて世界で作られている食物の生産量では賄いきれなくなるだろう。また、日本で消費される食料はその多くを輸入に頼っている。何十年か後の食糧難の時代を乗り切るため、場所を選ばない農業の開発を目指すべきではないか。例えば、室内で使う栽培用設備が高度化すれば、ほとんどを輸入に頼っている大豆を育てる理想的な環境を、ボタンひとつで作り出せるようになるかもしれない。率先して食糧難への対応を進めることで、日本の世界への発信力も高められるだろう。

「カッコイイ」を発信

高沢 慧伍(早稲田大学商学部3年、22歳)

 ある程度、望んだものが手に入るようになり、「こういうものが自分の手で作れたらカッコいい」という憧れや希望を持つ人は少なくなっているように感じる。だが、かつては空想でしかなかった「太陽の光を集めて電気にする」ことが技術の進歩で現実になったように、サイエンスは空想を現実化できるものなのだ。それをもっと前面に押し出すべきだろう。「自分が考え、作ったものが人のためになるのってカッコいい!」と多くの人に思ってもらえば、サイエンスへの興味や関心が高まり、価値も見直される。そのためにもサイエンスに携わる人たちが、世界一カッコいいものを作っていると自負し、それを大々的に発信していくことが必要だと考える。

思考のアナログ化

藤村 和久(工学院大学大学院工学研究科修士1年、24歳)

 思考のアナログ化を目指したらどうだろうか。現在、日本は情報技術(IT)の発達によりアナログ世界からデジタル世界へ進化を遂げている。また、スマートフォンやタブレットの普及により、教育の場にもデジタル化が及んでいる。しかし、これらの機器の普及により、実際に実物の「モノ」を見る機会が極端に減ってしまった。モノとは、物体から空間まで人間が五感で感じることのできるものすべてだ。目でモノを見る機会が減ることで、五感で少なからず感じ取る情報も極端に狭くなるため、思考が単純化され、新たな価値は生み出されない。こうした時代だからこそ、ちょっとしたことに意識を傾けて思考をアナログ化することで、新たに価値を生み出すことができるのではないか。

再生医療で不老不死をめざす

石田 将(中央大学商学部2年、21歳)

 かつて中国の皇帝が夢に見た不老不死の薬が発明されれば、日本だけでなく世界が変わるだろう。科学が大きく発展するときにはまったく新しい発見、発明がきっかけとなる。エジソンの電球やアインシュタインの相対性理論など今までに存在しなかったものの誕生は世界を変える。つまり今サイエンスが目指すものは新たな発明である。

 最近、人が運転しなくても走れる車が生まれたが、それよりも車が生まれた時の衝撃のほうがはるかに大きかっただろう。日本はすでに生まれたものをより精巧に、より優秀に「育てる」ことに関しては世界でも随一である。しかしそれではインパクトとしては小さい。若者の興味をひくには大きなインパクト、「生む」ということが必要なのである。

 その意味で、iPS細胞は非常に大きなインパクトを与えた。再生医療は人類の健康、寿命を飛躍的に延ばす可能性のある革新的な発明である。まだ問題点はあるが、このiPS細胞を実用レベルにまで持っていくことができれば間違いなく若者の関心を集め、生物学を志す優秀な人材が集うはずである。日本のサイエンスは21世紀にiPS細胞を発展させ、高度に発展した再生医療で不老不死を目指すべきである。

水を守る

金子 将(早稲田大学商学部4年、23歳)

 21世紀のサイエンスは水を守ることに重点を置くべきだと考える。地球上にある水のうち淡水は2.5%で、人が直接利用可能な水はわずか0.3%しかないという。現在、世界では約9億人が安全な水を確保できず、26億人が衛生設備のない地域に住んでいるそうだ。毎年180万人の子供たちが水と衛生の問題で亡くなっている。2080年にはアジアを中心に、必要な水を利用できない人が現在よりも18億人ほど増える危険性があるとの試算もある。こうした問題を解決するには、高度な再生利用技術や水処理技術を持っている日本がリーダーシップをとっていく必要がある。元世界銀行副総裁イスマイル・セラゲルディン氏は「21世紀は水を巡る争いの世紀」と予測した。水という人類の重大な課題のひとつに、新しい変化を与える技術の構築を目指すべきだ。

講  評

世界が直面する課題に挑もう

 日本や世界が直面する多くの課題に対し、サイエンスを力として解決に取り組もうという、新鮮かつ具体的な意見をたくさん頂いたと思います。課題として皆さんが指摘したのはやはり環境、食糧、エネルギー、高齢化、医療といった分野で、三菱ケミカルホールディングスを含めた多くの企業がビジネスとして関心を持ち、研究開発に挑戦している分野です。若い人たちと企業の関心が重なっていることをある意味で心強く思いました。

 高齢化に立ち向かうという意見は、問題や困難があるゆえに、それを解決するための技術が生まれたといった本質を言い当てています。課題先進国、いや難題先進国とでも言うべき日本の企業は、これからも研究開発で先頭に立っていかなければなりません。日本がトップグループにいるiPS細胞研究などの再生医療は高齢化や難病治療に画期的な解決をもたらす可能性があります。世界中の政府が直面する医療費の膨張を防ぐことにつながれば、その価値はもっと増すでしょう。とても奥行きのあるアイデアだと思います。

 「当たり前インフラ」という表現力にも感心しました。確かに日常生活で「当たり前」と思っている空気、水などは工業化、人口の増大が進めば汚染されていきます。それに気がつけば人々の目は自然にサイエンスに向き、解決の努力をするようになるでしょう。サイエンス復興を呼びかけるより、人々がその必要性に気づくことが大切です。

 「47計画」を目にしたとき、最初、47とは何だろうと思いました。読んでなるほど、と合点がいきました。サイエンスは東京や一部の大都市の大学や研究所が担うものという先入観が皆さんにもあるかと思いますが、全国それぞれの土地で地場の課題、素材、環境をテーマやヒントにして進める研究開発は実は少なくありません。日本には全国に大学や研究所、企業があり、それぞれ高い潜在力を持っているからです。様々なイノベーションで世界に貢献しているイスラエルの人口は798万人で愛知県とほぼ同じ、フィンランドの人口は543万人で北海道とほぼ同じなのです。日本の各地域がサイエンスで競い、その成果が地元の発展と人類への貢献になるとすれば、すばらしいことだと思います。

 今回、寄せられたたくさんの意見をみると、サイエンスと言いながら、テクノロジーと言った方がいいものが少なくありませんでした。テクノロジーはもちろん重要なのですが、若い世代にはより根幹のサイエンスをもっと意識してもらえればと感じました。そのためには哲学など考え方の基礎をしっかり身につけることも大事でしょう。

同企業からの課題

同テーマの課題